2019年5月13日月曜日
テレビ番組ですら、落ちていてみることができないんだぞ
帰ってきたら、マクドナルドでも行って、ひさびさにマックポテトでも食べるか? というような小さな楽しみ?をこころのささえにすることができるかできかないか? というと、できない。その小さな楽しみと規定されているものをやるにしろ、『ヘビメタ騒音の雰囲気』がつきまとうからだ。木でたとえると、木が伐採されたあと、小さな葉っぱのようなものが切り株のフチにめばえることがある。けど、そこから、もとの木のようにでかい幹が育つかというと育たない。小さな楽しみは、気休めにすぎない。気休めをずっと繰り返すしかない。俺の場合を言ってしまうと、実はマクドナルドはまるまる駅前にある。まるまる駅が、ヘビメタ騒音でトラウマ地帯なんだよ。このあいだ、やはり、まるまるの病気のことで、タクシーを使ってまるまるB病院に行ったけど、帰りは電車を使った。まるまるB病院に行ったときは、タクシーを使った。帰りに電車で帰ってきた。で、まるまる駅に下りたわけだけど、俺はまるまる駅で死にそうになった。『これ、もう、自殺しても良いんじゃないか』と思ってしまったのだ。あの日差しは、ヘビメタ騒音にやられていた時期の日差しだ。あの日差しを見たとき『俺の人生はなんだったのか』と、もう、飛び込みたい気持ちになってしまったのだ。あれは、ない。あの駅から、俺は高校に通っていた。あの駅に、高校から帰ってきた。夕日っぽい光が目に入ったとき、俺は……。俺は、高校から帰ってきて、駅のフォームに立ったときのことを思い出した。死ぬ。
あれは、つらい。あの行き場所のない気持ちと行ったらない。気違い兄貴は、ふつーーに、ごく自然にヘビメタを鳴らしていた。どれだけ言ってもやめない。鳴らすことが、呼吸をするようにあたりまえだと思っていたので、呼吸をするように気違いヘビメタを、でかいでかい音で鳴らしていた。あのこだわりと、あの自然な態度は、ない。まったく問題だと思ってないわけだから。本当は気違い的な意地で鳴らしているのに、本人は、気違い的な意地で鳴らしていると思ってないわけだから。そりゃ、どれだけ言ったって、気違い回路がそう反応するわけで、本当の意味がつたわるわけじゃない。本当の意味というのは、俺が気違い兄貴のでかい音で困っているということだ。つけたしていえば、本当に気違い兄貴はでかい音で鳴らしているということだ。こういう基本的なことがまったくつたわらない。気違い親父の『無視』回路とおなじなんだよ。本人がやりたかったら、絶対の意地でやってしまうけど、本人は、「つもりがない」状態が成り立っている。相手?が「やめてくれ」と言ったら、発狂して体をこわばらせてやってしまうんだよ。けど、「そんなんじゃない」のである。こういうことが、ごく自然に、普通に成り立っている。気違い兄貴がうちにいるときは、いつもいつも、こういうことがごく自然に成り立っている。気違い兄貴が、うちにいるときは、気違い兄貴がめちゃくちゃにでかい音でヘビメタを(呼吸をするように)しつこく、どの時間も鳴らしているというのがあたりまえの状態だった。だから、鳴らしているのに、そういうつもりがないのである。鳴っているあいだ、こっちは、勉強もできないし、興味がある本を読むこともできない。テレビを視ても、騒音のなかで、テレビの音声が負けてしまうから、テレビの音声をわれるほどでかくしなければならないのだけど、テレビの音声をわれるほどでかくしても、気違い兄貴のヘビメタ騒音のほうがでかいのだ。これ、兄貴の部屋でテレビを視ているわけではなくて、一階にある居間でテレビを視ているにもかかわらず、二階で鳴らしている兄貴の音のほうがでかいのだ。テレビ番組ですら、落ちていてみることができないんだぞ。兄貴の騒音とテレビの音声がふたつとも、でかい音で鳴っている状態というのが、パニック的な状態なのである。もちろん、テレビの音声より、気違い兄貴のヘビメタノ音声のほうが、居間において、圧倒的にでかい。そういう、よその家じゃあり得ないような音で鳴らしている。しかも、本当に生きていれば呼吸をするといった感じで、うちで呼吸をしている時間はすべて鳴らすという状態だ。どの時間も、気違い的にうるさかったね。あんなパニックない。うるさいというよりも、いたい。本当に、気違いヘビメタの連続で、精神がものすごく打撃を受ける。こころがこわれる。死にたくなる。パニックになる。
高校三年間のあいだ毎日そうだったんだからな。毎日。本当に毎日。そして、本当に、なんて言うのかな?気違い兄貴がうちにいるあいだ、ずっと鳴ってた。途中で、静かにしてくれるということがなかった。俺がどれだけ言っても、イップンカンですら、電源を落として静かにしてくれるということがなかったんだからな。ヘッドホンをして静かにしてくると言うことがなかったんだからな。……だから、『静かにしてくれなかった』と言っているのに、親父とおなじ気違いだから『ゆずってやったゆずってやった』と言い出す。『ゆずってやったゆずってやった』と言っているときの意地が、どうしても、でかい音で鳴らしたいので、ゆずらずに鳴らしていたときの意地とおなじなんだよ。
呼吸はだれだってしなければならない。気違い兄貴にとってヘビメタが呼吸のように大切なものだとしても、ヘビメタ騒音を鳴らさなければ死んでしまうわけではない。ところが、気違い兄貴は、ヘビメタを鳴らすのをやめたら死んでしまうというような考えをもっているような態度で、こだわりつくして、呼吸をするように、鳴らし続けた。そういう態度なんだぞ。あたりまえすぎて、「やめてやる」ということは、一切合切どれだけ言われても考えない。入試だろうがなんだろうがイップンカン静かにしてやることは、負けなのである。だから、イップンカンだろうが静かにしてやらない。そういう意地で鳴らし続けたのに、本人は「そんなんじゃない」「そんなにやってない」と言い出す。あまりにもおかしなことだから、一般の人は(兄貴が言っていることを)信じちゃうだろ。俺が言っていることがおかしいと思うだろ。「そんなひといるのかな」」んて思っている人が、兄貴の言い分を聞いたらどうなる? エイリが勝手に『うるさかったと言っているだけなんだな』と思ってしまうだろ。大げさに言っているけど、たいしてでかい音で鳴ってたわけじゃないんだなと思ってしまうだろ。気違い兄貴は、親父とおなじで、こういうふうに、「真実を言っている人」を追い込む。ヨソの人は、ウチのなかにいるときの兄貴の状態がわからない。
気違い兄貴が強引に、気違い親父モードでそういうことをするから、ヨソの人が誤解をしてしまうんだぞ。こんなのない。けど、まるで催眠術にかかったように、平気で嘘を言うんだよな。あんなのありえない。ありえないけど、本当の話だ。気違い的な意地でやりきったことは、気違い的な意地で否定するんだよ。「やってなやってない」「そんなんじゃないそんなんじゃない」とな。双方が正反対のことを言っているということになってしまうじゃないか。こんなのない。
ヘビメタ騒音でやっぱりくるしい。どーしても、くるしいんだよな
ヘビメタ騒音でやっぱりくるしい。どーしても、くるしいんだよな。どーーしても、くるしい。この雰囲気。ヘビメタの雰囲気しかない。 どーしても、くるしい。 ほかの人には、これがないわけだから、卑怯だ。まあ、俺の兄がへんなやつだったのが問題なんだけど……。しかし、どーーして、ぼくなんだ?...
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ヘビメタ騒音でやっぱりくるしい。どーしても、くるしいんだよな。どーーしても、くるしい。この雰囲気。ヘビメタの雰囲気しかない。 どーしても、くるしい。 ほかの人には、これがないわけだから、卑怯だ。まあ、俺の兄がへんなやつだったのが問題なんだけど……。しかし、どーーして、ぼくなんだ?...
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ヘビメタで人生がない。 まるまるしたい。
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とにかく、俺のやる気をどうにかしないと……。ほんとうに、やる気が枯渇している。 やる気をどうにかしたい。「楽しい」と感じるこころを取り戻したい。 けど、くるしいんだ。ひとりで行動していても、誰かと行動していても、くるしい。けっきょくヘビメタ騒音のままだ。